大学に1年間通った僕が大学を辞めるに至った6つの理由

2020年3月11日

Left Caption
Ken
みなさん、こんにちは。
kenです。

今回は、 僕が大学を中退しようと思った理由 をまとめたいと思います。

僕は一年間の仮面浪人もはさみながら大学に3年間在籍したのですが、大学を辞めて専門学校に入り直すことにしました。

そこで、「なぜ僕が大学をやめようと思ったのか」を詳細にまとめておきたいと思います。

※大学のシステムについては、学校によって差があるので参考程度に受け取ってもらえればと思います。

時代遅れともいえる形式的な学習環境

僕は自我やこだわりが人一倍強かったので、高校の大人数授業や全科目を万遍無くこなさなければならない仕組みが向いていませんでした。

ですが、「大学は興味のあることを勉強できる」という言葉を頼りに、学校を適度にサボりながら主に塾と自習による勉強で大学に合格しました。

しかし、 実際には大学は高校の延長でしかありませんでした。

今では時代遅れになりつつある「形式的で意味のないシステム」「上部の人間への権限の一極集中」といったものが根強く残っています。


以下では、僕が大学で学ぶモチベーションをそがれた点を4つお話しします。

1.実用性のない授業が多い

大学に入ると、理系学部なのにもかかわらずドイツ語や古文、社会学などを学ぶ必要があります。(俗にいう一般教養です。)

高校の勉強なら「志望大学に入るため」と思って我慢できますが、 特に意味もないのに大学でこれらの科目を受ける意味が僕にはわかりませんでした。

六年間英語を学んでも日本人のほとんどが英語を話せないのに、一年のあいだ受動的にドイツ語を学んだところで何の役に立つのかと思ってしまいます…。

そして、数学も同じでした。

数学は、高校と異なり「どうやったらより上手い理屈で数学を定義できるか」という話が中心でイマイチ理解できませんでした。(この辺が面白いと思える人が、研究者向きなんでしょう。)

2.単位という学んだ「コト」を重視するシステム

大学では授業の履修状況は「単位」というもので管理され、卒業までに決められた数以上の「単位」を集めることで卒業できます。

その「単位」を集めるには、決められた授業に出席して、試験で60点以上を取る必要があるわけですが…

大学では、どの教授から授業を受けても同じ分野の授業であれば、同じ単位という扱いでした。(つまり、「解析学」という授業の単位をとれば、教えた教授が誰であっても、「解析学」の単位をとったことに違いはないということです。)

その仕組みのせいで、人によって教える内容がバラバラなのもあって「評価の厳しめな教授に当たれば、点を取るために他の授業を受けている人より無駄に頑張らなくてはならない」ということも起こりえました。

なので、僕を含め学生のほとんどが 「いかに熱心に勉強に取り組むのかではなく、いかに楽な授業を取るか」 に考えがシフトしていました。(教授別の口コミをまとめた本が学祭で売られていたくらいです。)

正直に言って、学生の興味が「学ぶ内容ではなく、楽をして単位を取ること」にシフトしている環境は異常だと思いました。

3.教授が生徒に分かりやすく伝えようと考えない

一番がっかりしたのが 「教える側の圧倒的な質の低さ」 です。

教授は研究が本職で、授業が本職ではない上、教員免許を持っていないことは知っていましたが、それでも酷すぎました。

わかりやすく例をあげると、答えを配ろうとせず、代わりに授業中に問題の答えを板書し、それを写させる教授がいました。

教授が答えを印刷して配れば、板書を移さずに授業中に問題について考えられるのに、無駄なことですよね。

他にも、授業中に自分の研究の成果をひたすら自慢し、最後にプリントを配ってそれを試験範囲にしたりする教授がいたりしました。

教える側の役割は「難しいことを生徒にかみ砕いて教えること」です。 「どうやったら相手に伝わるかどうかを考えない」ような人を教える立場に置かないでもらいたいと心底思いました。

4.教授に多大な権限が与えられている

教授には「試験問題を作成する権利」「単位を渡すか決める権利」などの単位認定に関する全ての権限が集中するので、しばしば理不尽なルールを押し付けられました。

立場を利用して自分の出版書を教材として買わせる人もいたり、ブラック企業ばりの授業ルールを押し付けてくる人もいました。(下のようなものでした。)

授業規則の例

  • 15分以上の遅刻は欠席扱い
  • 15分以内の遅刻は2回の遅刻で1欠席扱い
  • 宿題をやっていなければ欠席扱い
  • 居眠り・スマホいじりは欠席扱い
  • 全15回の授業で3欠席扱いになれば単位不認可

こういう規則を作る人って、実際の所、自己中心的で他人を支配したいだけのヤバい人がほとんどなわけです。

単位を取るために、こういった「訳の分からない人の機嫌を取る」というのはだいぶストレスでした。

四年を費やすのに見合わない対価

1.大学で学んだことは将来役に立たない

就活の時には「○○大学卒」などの学歴で扱いが左右されます。

しかし、 大学で何を学んだかということは、あまり考慮されませんよね。

学歴を得る(卒業資格を得る)ためだけに四年間もの間、興味もなく役にも立たないことを学ぶというのは結構心理的なハードルが高いと思います。

2.とにかく出席のために時間がとられる

僕は理系学部に進んだので週18コマ(週27時間)ほど授業があり、ほとんどの授業で出席確認をとられるので、そのために大学に行く必要がありました。

週27時間なんて少ないじゃんと思う方もいると思いますが、

  • 試験勉強や復習は別に行う
  • 通学のために時間がとられる

ことをふまえれば、結構な自由時間を奪われると僕は思います。

(大学では年の三分の一は休みですが、それを踏まえてもとられる時間は多いです。)

最後に

まとめ

まとめると…

「ある程度の失敗が大目に見てもらえて体力的にも色々挑戦できる時期に、4年間の歳月と4年分の学費、その間働けない分の給与の損失を被りながら、将来役に立たないであろう勉強をこなし、教授の理不尽にも耐えつつ、大卒という肩書をもらうためだけに頑張る。

大分偏った物言いだとは思いますが、 大学に通えるかどうかはそういったことができるかどうか だと思います。

それができる人はそれだけで人生をやっていけると思いますし、できない人は実用的なスキルを身に着けて仕事にする方が向いているのではないかと個人的に思います。

主体性があるのなら大学に行く必要は薄い

結局、お金のことや、仕事で役立つ知識というものは大学ではほとんど学べません。

なので、「金が稼ぎたい」「好きなことでお金が稼ぎたい」という人は、大学に通う時間を自分のやりたいことに充てたほうが有意義なのではないかと思います。

仕組みが変えられないなら自分が変わればいいだけ

「大学を卒業していないくせに調子に乗るな」

こういって馬鹿にする人は少なからずいるかと思いますが、気にしなくて大丈夫です。(実際、僕は母親に言われました。)

例えば、自分の入った会社がブラック企業だと気づいたときに、「それならこの会社の体制を自分が正してやろう」と意気込む人は少数派だと思います。

というのも、そんなことをするくらいなら自分が転職する方が遥かに自分にとってメリットが大きいからです。

大学も同じだと思っています。 大学の仕組みに納得がいかないのなら、大学を辞めて自分でよりよい道を見つける方が展望があります。

それでは~

生活

Posted by ken